EVENT REPORT - 2012/06/09

この日の学校

starting over

posted: 2012/07/20

text: Yoon Woong-Dae

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学ぶことは信じること、裏切られること

 数学の新たな可能性について示唆してくれたグロタンディークに次いで、「数学とは何か」について教えてくれたのが岡潔だった。生涯で論文を10本ほどしか書かなかった岡潔は、その瞠目する研究内容のため、海外からはオカキヨシというグループ名だと思われていたという。到底、個人では成し得ない業績だと考えられていたからだ。
 岡潔は著書の『日本のこころ』で、ニュートンの「人間は大海の磯辺で遊ぶ子供に過ぎない」を引き合いに出しつつ、「大海とは何を意味するか。識者はここにこそ思いをひそめるべし」と述べている。
 岡潔は磯辺で貝殻を集めて遊ぶような行為が真実の探求ではなく、貝殻をもたらすその背後の大海に思いをひそめる行為が学問であると考えていた。彼は宇宙を閉じた天球として構想しておらず、この世界のわからなさの只中にいながら、わからなさとアクセスする方法として数学をとらえていた。
 コペルニクスの地動説を支持したジョルダーノ・ブルーノは火刑に、ガリレオ・ガリレイの著書は発禁に、閉じた天球の世界のその先に手を伸ばす先人たちは迫害されてきた。
 私たちはそこからこういう教訓を引き出しがちだ。「だから真実に気づかなければいけない」。そして再び海辺の貝殻を拾い集め始めることに没頭する。大海をなおざりにして。
 だが、森田さんはこういう。
「気づくためには、閉じた天球を信じる。それによって初めてそこを飛び出すことが、間違うことができる。ピタゴラスのように僕らはテイクしようとして何かを信じる。学ぶことは何かを信じること。そして、それが裏切られること。学ぶとは、テイクしながらミステイクしていくこと」
 人は世界を自分が見たものの総量に等しいと錯覚してしまう。目から入る情報は1秒間に1000万ビット以上。だが意識にのぼるのは毎秒40から50ビットに過ぎない。人間的な理解は、絶えず世界の断片化を意味するだろう。世界の側からすれば、人の理解とは誤解にほかならない。
 では、私は何をどのように思考を根拠づけられることができるだろう。この世界の正しい理解のためには、どう思考すればいいのだろう。講義中、森田さんはタルスキーの定理を例にこう説明した。
「閉じたシステムが、“そのシステムにおける真理とは何か”ということをそのシステムの中で記述することは絶対にできない。システムが閉じるとシステム自体を根拠づけることができない」。
 話を聞いている私もテイクしながらミステイクをしているだろう。森田さんの説明を私はこう理解あるいは誤解した。
 私が何かに気づき、世界を知ろうとする。その行為の根拠を私の確からしさを求めることから始めようとしても、私の思考の正しさを私の思考は支えることができない。
 私のこの思いなしが正しいかわからない。だが森田さんが「自然数1とは何かを数学はまったく知らない」との岡潔の話を引き合いに持ち出したとき、自分の理解が間違っていたとしても、それはこの先の私が生きるという行為の中で解決されていくことではないかと思った。
「最初の自然数1がなぜあるのか?と聞かれても、数学的には絶対に証明できません。自然数1があるということをとにかく仮定するしかない。なぜかはわからないけれど、“1はある”という心の働きがある。信じる心の働きが論理に先立っている。truthではなくbeliefが根底にある」
 無根拠に信じることができるのは、信じられるに足ることがあるからではなく、信じるという行為があるからだ。
「“私”という存在がその背後にある大海、宇宙に比べたら小さいということは間違いない。でもこの“私”にはリアリティがあって、さも自分であるかのように振舞っています。その枠組みを越えた中で思考することはできないか。それには“私”が“私”を超えるより大きな制約のうちに“私”自身を投げ出してみる。そこで初めて思考は回りだす。僕は中学2年のときに甲野先生に出会ったことで、体を使って物事をとらえるようになりました。体は私の脳内で起きている思考に制約を与える外部です。僕に制約を与える外部に身を投げ出すことで思考が回りだすのではないか」

縁の開花を間近に見る

 レクチャーがひと通り終わり、甲野先生とのトークになったが、この日の甲野先生は、私の印象では従来の「この日の学校」に比べると格段に口数が少なかった。久方ぶりに聞いた森田さんの話に深いところで共感するところが多かったからではないか。桐朋学園のバスケットボール部の指導で出会ってからの年月の厚みが、無言のうちのやり取りに含まれているように思えた。
 そう感じたのは、森田さんがいまの活動にいたるようなきっかけは、甲野先生との出会いが大きいと語っていたからだ。それは甲野先生が「人間の運命は決まっていて自由だ」といった、人が生きていることの本質的な問いを身体をかけて知ろうとしていたところになにほどか感じ入るところがあったからだろう。
 万言を尽くすよりも身をもって問いを生きている姿を間近に見てしまった。見てしまったからには、いままでと同じような生き方はできない。そうした邂逅を果たした両者の縁がどのような機によって生まれたのかわからない。
 生きるということは、わけのわからない空間に投げ出されていることで、手近な意味に回収してしまえるものではなく、シミュレーションしたモデルで生きてしまえるものでもない。ただ、その縁が花開いているところを私は目の前に見て取った。
 2年前、「この日の学校」を始める際、森田さんはまだ大学に所属していたが、大学という限定された空間に自身の研究をとどめる必要もないことは十分知っていたろう。ただ、独立した数学者という前例のない道を行くことは、虚空に目を凝らすことにも似て、不安だったかもしれない。
 ハッブル望遠鏡が不可視の空間に膨大な数の銀河を見出したことは、確信のもてない中にこそ可能性が広がることを物理的に示しているのだが、情報としてわかったことが私たちの身を励ますとは限らない。
 見慣れた光景が断片的な情報に支えられた事柄に過ぎないと頭ではわかっていても、そこに強いリアリティを感じる。
 けれども思い出したい。私たちはテイクしながらミステイクして生きていけることを。根拠付けることができないにもかかわらず信じることができる心をもっていることを。
 ここでいう「かかわらず」とは、信じるという行為を指す。信じるとは心中に何かを唱えることではない、歩みを進めること身を乗り出すこと、投げ出すこと、捧げること。つまり身体をともなう行為だ。
 根拠づけられないものとして私はこの世界に投げ出されている。私は私の中に還元されるような存在ではなく、私から見て外にある世界との関係性において生きている。
 この事実をまず見ることが信じることでもあろうか。ありのままに見られないからこそ身を投げ出してみる。目算も立たないかもしれないこの行為が信じることなのかもしれない。
 Starting overと名付けられた「この日の学校」の新たな旅の向かう先は、森田真生という人物の身の投げ出しによって定まっていくような、行き先はまだわからない、闇夜に出航するにも似た行為だろう。
 しかし、私たちはこの日、頭上には満天の見えない星があることを知ったはずだ。であれば、それは希望に溢れた船出ではなかったか。

【文責 = 尹 雄大】 nonsavoir.com