EVENT REPORT - 2012/06/09

この日の学校

starting over

posted: 2012/07/20

text: Yoon Woong-Dae

このエントリーをはてなブックマークに追加

見えない星のきらめきの中での船出

 独立数学者の森田真生さんに筆者が初めて会ったのは2009年11月4日だった。「この日の学校」を共同で主宰されている甲野善紀先生よりかねて森田さんの名前をうかがっていたが、話題にされる頻度が以前より高まり、その人となり、森田さんの考えの断片を聞くに連れ、「いま話を聞くべき人だ」との思いから、甲野先生に紹介をお願いし、MAMMO.TVというウェブサイトに登場いただくことになった。
 取材した日を鮮やかに覚えているのは、いつもならそそくさと帰るところ、インタビュー後に自分には珍しく会食したこともあるが、食事中も家路に向かう電車内でも、よくわからない感覚と感情の昂ぶりに襲われたからだ。
 衝撃と興奮をこの身にもたらしたのは、森田さんの語る数学の世界の奥行きや彩りの豊かさももちろんあるだろうが、数学の専門的な話の理解にはまるで追いついていないことからすれば、あの日受けた衝撃はたんなる知的興奮にとどまらない出来事であったと言わざるをえない。
 その夜、私は甲野先生に御礼のメールをし、文中こう記した。
「インタビューという枠を越えて、関心の向かうままにお話し頂き、大変素晴らしい時間を過ごすことが出来ました。取材後、一緒に食事をしたのですが、人と会食することの醍醐味を久しぶりに味わいました」
 それに対し、甲野先生は後日「ほころび」の中でこう書かれた。
「いままで各界で活躍する多くの人々にインタビューを行い、ライターとしての実績も積んでいて、普段およそ大袈裟な表現をしないU氏が『人と会食することの醍醐味を久しぶりに味わった』というのは、森田氏に対して、もう単に感心したという事を超えて心底感嘆したのだと思う」
 その通りだった。
 俗な言い方をすれば、さしづめ「ヤバいものに出会ってしまった」となるだろう。それだけに翌日から自分の味わったこの経験を他人に伝えることのできなさに身悶えした。今まで習い覚えた枠組みにあてはまらない経験をしたとき、人はそのことについて説明する言葉を失ってしまう。
 言葉という伝達手段をもちながら、言葉に載せるにはあまりに体験の熱が高く、せいぜいできるのは、自分の体感した熱気をとりとめのない言葉で語り、言葉が熱で蒸発してしまわないうちになんとか目前の相手に伝播しようとする行為だけだ。だから私は周囲の人に身を捩りつつ、体験したことを語ろうと努めた。
 以来、私は森田さんの活動に関心をもち、2009年9月に博多でスタートした甲野先生とのトークセッション「この日の学校」が東京でも開かれるようになると、さっそく加わるようになった。
 そして2012年6月9日、ほぼ1年半ぶりの開催となる<「この日の学校」 starting over 甲野善紀×森田真生 「信じること、間違うこと」>に参加し、こうしてレポートを書くこととなった。

不可視の虚空に広がる銀河

 レクチャーの冒頭、森田さんはハッブル宇宙望遠鏡による観測プロジェクト「ハッブル・ディープ・フィールド」について切り出した。長大なこの望遠鏡を用いたプロジェクトとは、宇宙のある一点をハッブル望遠鏡で11日間、撮影するというものだ。
 まったく星の見えない虚空の一点に向かって望遠鏡を向け、撮影したのならば、何が映し出されるのか。
 虚空の点とは、「宇宙に鉛筆をかざしたときに、その先の見えないくらい小さな点」であった。実験の結果明らかになったのは、虚空と思えた不可視の空間に存在した1万にのぼる銀河の姿。
 最新の宇宙論によれば、光の届く範囲の宇宙には5億にのぼる銀河圏があり、小さな銀河を含めると1000億に及ぶという。太陽にいたっては20兆×1億個あるという。
「僕らはこれだけ果てしない宇宙に、訳がわからない中に投げされている」。そう言った後、森田さんは「けれども」と続けた。
「宇宙という言葉を聞いて宇宙を知らない人はいない。これだけ膨大な宇宙のうち知っているのは、ほんのわずかなことなのに、なんとなく宇宙全体を知っているつもりになれる。ここが人の心の働きのすごいところです。ほとんど見ていなくても“何か全体というものがある”と人は思うことができる」
 所詮、私たちは世界の広がりのただなかに放り出された個に過ぎない。そのどうしようもなく心もとない事実を突きつけられて、心が孤独に回収されそうになったのだが、「人の心の働きのすごいところ」という言葉にひょいとつかまれると、小さく畳まれそうになっていた心が宇宙と等身であってもおかしくないのではないか?とさっと広げられた気分になる。

ピタゴラスは閉じた天球を構想した

 知らないが知っている。無知の知や良知良能という語が示すように、洋の東西を問わず語られた知のあり方であり、心の働きだ。
 しかし、知っていることの拡張によって世界の謎を探求するスタイルが長らく人間の知の大勢を決めてきた。
 ところで数学という行為を発見したのはピタゴラスだという。数学者というよりは、現代で言えばカリスマ宗教家に近いピタゴラスの発明したta mathemata(mathematics)は、宇宙を研究する手段として構想された。
 彼にとって宇宙は無辺際ではなく、「閉じた天球」であった。だからこそピタゴラスは己の行為をギリシア語で “つかむようなもの”、英語でテイクを含意するta mathemataと名付けた。
「初めから自分の手元にあるものをつかむ。自分が初めから知っていた手元にあるものを改めて取りに行く。それが彼にとっての数学だった」
 ピタゴラスの構想した数学には、世界には本当の意味での未知はなく、発見とは再発見であり、天球は想起した事柄と照応するものとして閉じられていた。
 世界を閉じていく作法として描く数学が存在する一方、知り得ないものとして世界を表象しようとする数学者がいた。その中でも森田さんが数学の圏論という領域を志す上で影響を受けたのは、グロタンディークと岡潔である。
 正規の教育を受けることなく、自分の行いが数学と呼ばれることだとも知らず研究を続けてきたグロタンディーク。森田さんが圏論に関心をもったのは、グロタンディークの示した「点がひとつもないけれどすごく広い空間」、トポスという概念だった。
 カントールが150年前に編み出した集合論は、空間を点の集まりとして記述しようとする体系であり、数学のみならず生物学や物理学に影響を与えた。生物学では細胞を、物理学では原子を基本単位とするなど、要素に還元するラディカルな考えとして展開した。その試みに圏論は異議を唱える。
「圏論は、点という要素から出発しない。世界に最初にあるのは要素ではなく関係性のネットワーク。関係しあっている網の目があり、そこから個々の対象のアイデンティティが生まれる」
 圏論は集合論の過激さに抗う別の過激さとして発想されたというよりも、森田さん曰く「そもそも数学とは何か。ある対象がアイデンティティを獲得するとは何か。そういうことを考えたら、こういう数学が出てきてしまう」
 つまり、自然と成ってしまう、生じてしまった。それは世界の表象について取り組んだ結果、実が熟すにも似た現れ方だった。